我がソウルラーメンの味が変わった? 和歌山市は塩屋「丸三」
人間誰しもソウルフードを持っていて、それが家庭やレストランの味であったりするのだが、私には舌と脳裏に焼き付いたソウル餃子とソウル中華そばがある。
餃子は閉店して既に数十年となる豚珍軒(とんちんけん)だ。
餃子は閉店して既に数十年となる豚珍軒(とんちんけん)だ。
私は未だこの店の餃子の味を引きずりながらさまよい続けている。(-_-)
そして中華そばは、和歌山ラーメンを全国に知らしめた井出系の塩屋 丸三。
井出のコッテリよりも、僅かにアッサリの丸三が好きだった。
だが、和歌山ラーメンの人気に火が付くやいなや、丸三にも他府県ナンバーの車が押し寄せ道路にまで溢れ出るようになると、いつしか足が遠のいていったのだ・・・
だが、和歌山ラーメンの人気に火が付くやいなや、丸三にも他府県ナンバーの車が押し寄せ道路にまで溢れ出るようになると、いつしか足が遠のいていったのだ・・・
今思えばこの頃から お蕎麦屋さん巡り に集中しだしたのかもしれない。
以前、私以上に丸三ファンの知人から 「久しぶりに訪れると、スープの味がかなり薄くなっていて、食べたという気がしない」 との情報を得たのだった。
以前、私以上に丸三ファンの知人から 「久しぶりに訪れると、スープの味がかなり薄くなっていて、食べたという気がしない」 との情報を得たのだった。
足が遠のいてもう何年も経ち、お蕎麦に慣れ切った私に味の変化が分かるのか? そう思いながらこの日思い切って訪れてみた。
午後二時を過ぎているというのに駐車場は満車 (°0°)
丁度お客二組が出たところで、運良く相席テーブルに席を頂き「中華!」
昔は特製(焼豚多め)を頼み、早寿司を二つ食べながらラーメンを待ったものだが・・
待っている間に 「やっぱり特製にしたら良かった」などと未練が脳裏をよぎる頃、配膳された中華そばを前にして箸を割りました。
待っている間に 「やっぱり特製にしたら良かった」などと未練が脳裏をよぎる頃、配膳された中華そばを前にして箸を割りました。
まずは件(くだん)のスープをズズ~ッ(熱っ!!)、
第一印象はそう悪くはありません。豚骨のまろみと共に醤油の旨味が舌に広がります。
和歌山ラーメンスタンダードな盛り付けで、麺は細めのストレート。
食べ慣れた丸三のスタイル。
食べ終えた感想を述べれば・・少し物足りなさがある。。。気がする・・か? . 。o○
確かに店内の豚骨臭は以前より少なくなったような気がします。
最近は昔ながらの豚骨臭が苦手な人も多いようで、もしかするとコッテリ感を残しながらも後味引かないギリギリの線で、万人受けするスープに近づけているのか?
最近は昔ながらの豚骨臭が苦手な人も多いようで、もしかするとコッテリ感を残しながらも後味引かないギリギリの線で、万人受けするスープに近づけているのか?
先入観の仕業か、日々進歩なのか、はたまた私の舌の鈍さなのか・・・
いずれにせよ私にはそれなりの満足感はありました。
年とったんかな~っ・・・
いずれにせよ私にはそれなりの満足感はありました。
年とったんかな~っ・・・
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コメント
豚珍軒はいつ閉店したのですか?
和歌山を離れて30年以上になりますが、餃子といえば豚珍軒を思い出します。
私が高校生の頃はまだ営業しており、大学で和歌山を離れた後、たまに帰省した時にはまだ営業していた記憶があります。
こちらの店内には、森進一さんとの写真などが飾られていた記憶があり、和歌山で中華と言えばこちらです。
記憶が美化されていると思いますが、私の中で中華と言えばここを越えるとこはいまだにありませんね。
投稿: Shimora | 2020年8月22日 (土) 20時01分
Shimora様、コメントありがとうございます。
豚珍軒のお母さんが森進一の大ファンでしたからね。
私同様こちらのお店がお気に入りでしたか。
やはりそういう方がおられるのですね!
ご主人の病気で一度休業、再開後もやはり体調が悪くとうとうお店を閉められました。
記憶が定かではありませんが、もうかれこれ20年程前の事だったと思います。
どうもありがとうございました。
投稿: エノさん | 2020年8月23日 (日) 16時23分